私はこの10年間、仕事のすべてを兄からの紹介で受けてきました。自分で営業をしたことも、自分の名前で顧客を持ったこともありません。
床の定期清掃、商業施設テナントのフィルター清掃、退去後のハウスクリーニング。仕事の種類は増えましたが、入り口は10年間ずっと同じでした。
これは「良い環境だった」という話だけではありません。同じくらい、リスクの話でもあります。
この10年の仕事の入り口
前職はリフォーム会社でしたが、給料未払いがあり独立しました。独立後は、兄経由の仕事だけで10年続いています。
仕事が来る流れは単純です。
- 現場の元請けの人から直接「○○の日は出れる?」と聞かれる
- 兄から電話で同じように聞かれる
どちらの場合も、特に予定がなければOKする。この繰り返しで10年やってきました。
何が問題なのか:単一障害点で働くということ
単一障害点(そこが止まると全体が止まってしまう、たった1つの弱点)という言葉があります。私の働き方は、まさにこれに当てはまります。
仕事の入り口は、この10年間ずっと兄経由が10割です。自分の名前で契約している顧客はゼロです。
この状態からどう抜け出したいかは、こちらの記事に書きました。
実際に「薄くなった」時期もありました。コロナ禍の影響で、2020年5月の仕事量は前年同月(2019年5月)と比べてほぼ半分まで落ち込みました。それでも収入がゼロになったわけではなかったので、今まで本当の意味で「詰んだ」ことは一度もありません。ただ、それは運が良かっただけとも言えます。
それでも動かなかった理由
急な仕事も断らない機動力と、10年途切れない信頼。これは自分の強みだと思っています。一方で、この構造を変えようとせず「だらだら」動けていない自覚もあります。
コロナで仕事が半分に減ったときも、そこまで一気になくなることはないだろうと思い、特に動かず様子を見ていました。結果的には持ち直したので、「動かなかったことが間違いだった」と言い切れないのが、逆に今の動きにくさを助長している面もあります。
営業に関しては、やってみてうまくいかなかったわけではなく、そもそも「自分には無理だ」と思い込んで試したことすらありません。対面でのやり取りや雑談が苦手だという自覚が先にあり、子どもの頃に体型についてからかわれた経験の延長で、話すこと自体に苦手意識を持つようになったと感じています。
今取っている備えと、まだ動けていないこと
生活防衛資金は3ヶ月分を目安に備えるようにしています。何かあってすぐに仕事が止まっても、しばらくは生活できる分を確保しておく、という考え方です。
また、他にどう稼ぐ方法があるかは、ある程度アンテナを立てています。具体的には、XなどのSNSでポイ活やせどりの情報を集めています。
正直に言うと、兄経由以外の仕事のルートを積極的に探すところまでは動けていません。理由は単純で、清掃の仕事は今あるものだけで十分だと感じているからです。もう一つの理由は、実家暮らしであることと、兄のほうも他に頼める人間があまりいないため、結果的に自分に仕事が回ってきているという構造です。今のところ仕事が途切れる心配が薄いぶん、「動かなければ」という危機感も強くはなりません。
仕事の紹介元であり、プライベートでも一緒にゲームをする関係でもあるので、この関係が崩れないように気をつけています。具体的には、予定が入っていなければ、突然入ってきた仕事もなるべく受けるようにしています。
今、変えようとしていること
清掃業は拡大せず、縮小する方針です。代わりに副業(ブログ・アフィリエイト)に軸足を移していきます。
きっかけは、左手首を骨折して現場の仕事がほとんどできなくなったタイミングでした。動けない期間ができたことで、かねてから感じていた「早朝に出て深夜に帰る今の働き方をこのまま続けるのは無理がある」という思いに、はっきり向き合うことになりました。
この骨折で実際にどれくらい仕事が止まったかは、こちらの記事に書きました。
このブログでは記事を継続的に公開しながら、X(@fumi_escape)のフォロワーも少しずつ増やしています。まだ収益と呼べる段階ではありませんが、兄経由の仕事以外の入り口を少しずつ作っている最中です。
対面が不要で、場所を選ばないストック型の収益を作ることで、単一障害点を分散させる。これが、私の「脱出計画」の一部です。


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